Home > 女神の旅 > 女性の転機に立ち会う仕事

女性の転機に立ち会う仕事

産前産後ケア、婦人系のケアをしている仕事柄、30代半ばの女性たちの人生の転機に立ち会うことが多くあります。

30代半ばは、女性の一つの転機です。

身体的なことだけはなく、心理的にもあらゆる面で人生の一つの曲がり角を迎えます。

立ち止まり、それまで経験してきたことを振り返る時間、そして無意識に積まれてきた荷物や手にしてきたもの達を吟味する時間を過ごすように、促すような出来事が繰り返し、様々な形でやってくる時期です。

それは突然やってくる心理的な不調であったり、行きづまり感、手詰まり感を感じることで始まるかもせません。

子育てが急に苦しくなったり、パートナーとの関係に突然疑問を感じたりといった形で訪れるかもしれません。

または、特に理由も分からず、突然旅に出なくてはならないような気持ちになったりするかもしれません。

そんな時期が訪れたら、もう不要になっている価値観をふるいにかけて手放したり、これから向かっていく成熟や老いに向けた心の準備をしたりする為の、宇宙が用意してくれたベルだと思って、その停滞や混沌の中に「落ちて行く」のではなく心を決めて「降りて行く」しかありません。

それを、古代の祖先は 「女神イナンナの冥界降り」という神話にして、現代の私たちにその転機を乗り切る知恵を授けてくれました。

そんな女性たちに対してできることは、今の不調が「既知の自分」を脱ぎ捨てて新しい自分として生まれ変わるための、そして、生だけではなく死というものも内包して生きることのできる成熟した女神として生きるための、始まりの合図だということを伝えること。

そして、その降りて行く際の安全弁=イナンナにとっての地上で待機している宰相ニンシュブルのように、迷宮に入っていくテーセウスに帰り道の道しるべとなる糸を渡すアリアドネのように、ここに、心静かに、動かずに いる ことです。

そしてそんな旅に出る女性たちに出会い、立ち会う度に、その美しさ、気高さ、繊細さ、しなやかさ、力強さに打たれ、女性の持つ真の豊かさや神秘に触れる恩恵に浴していることを実感するのです。

女性の心身のケアのお仕事を始めて10年。

産前産後のケアを本格的に始めて8年目。

どうしてこのお仕事をすることになったのかを、時々振り返ることがあります。

実はそれには、3つの理由があります。そして、その3つの出来事が私をこの道に導いてくれたことが、今振り返るとはっきりわかり、人生の妙を感じます。

私は乳児保育を中心とする保育に20代の10年間携わって来たのですが、産前産後の時期=女性の感受性が一番敏感になり、ゆったりと母なる人の心身を育む時に、安心して身を預けられるサポートを受けないと、その後の子育て自体が本当にしんどいものになってしまうことを、保育園でのお母さん達と触れ合いの中で体感したことです。

旦那さんとの新しい関係をそこで育てることも、とても大切な鍵になるのですが、核家族の昨今、旦那さんもどうしていいかわからず右往左往するのも当たり前で、そこを外からサポートするのは少しハードルが高くなります。

そんな中では、まずはお母さんになりたての心身をサポートし、ゆっくり安心した空気の中でマッサージをする中で母なる心(オキシトシンホルモン)を自然に心地よく育むことが大切。

保育園ではなく、産前産後の時期にマンツーマンで寄り添いながらそんなお手伝いをしたいと30代初めに思い始めていたのです。

二つ目は、そんなことを考えていた矢先に、高校時代の親友のお母様から電話があり、引っ越した先の関西で、社宅での孤独な子育てに煮詰まって、友人が自殺未遂をしてしまったので病院に会いに言ってくれないかという連絡をもらったこと。

病院に駆けつけて話を聴くうちに、明るくて、自然体で、みんなを笑わせてくれていたような友人が、感受性が全開になっている時にお医者様や助産師さんからかけられる言葉一つ一つに揺れ動き、周りの目に過敏になり、睡眠不足、サポート不足、旦那様とのすれ違い、そしてホルモンの波が訪れた時に気づいたら…という過程を辿ったことを事細かに聴きました。

そして、その出来事が、どうしたらこうした状況をサポートできるのかを具体的に考えるきっかけになりました(友人は、今は2児のたくましいママになり、檄を飛ばしながら子育てを頑張っています)。

三つ目は、その後私が世界で一番大好きな久高島に行った時、冬の嵐の道をカベール岬に向かって一人歩いていた時に「お産のサポートをしてください」という言葉が、寄せて返す波のように、繰り返し繰り返し聞こえて来たことです。

そうか、保育士としてではなく、お産のこと、産前産後のことをサポートを通して、女性たちが母なる心をゆったり育めるお手伝いをするんだ。

そう決意したのが36歳の時でした。

そこから、習い始めていたハワイのロミロミのクムにお願いして、マタニティのロミロミ、ロミハーパイを習う機会をいただき、その後これまたご縁で辿り着いたタイの産後ケアユーファイに出会い、先駆者がいない中で四苦八苦して…の私のセラピスト人生が始まるのですが、これはまた後に書かせていただければと思います。

この一連の流れを振り返って眺めた時、それが必然=意味のある偶然 だったことが分かり、今日、そして明日も私の人生の しごと としてやっていく大きな力になっています。

Share this...
Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

^

^