選択の科学

選択の科学 選択の科学
シーナ・アイエンガー 櫻井 祐子

文藝春秋 2010-11-12
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「自己選択」というと、日本ではとても固い、重いイメージになってしまいますが、所変わってアメリカでは、ご存知の通り、選択できないと窒息してしまうというくらい、個人の選択に重きが置かれ、選択できる自分を誇りにしています。

好むと好まざると、私たちの人生は、一瞬一瞬が、小さな選択の連続です。

何を食べるか、何を着るかといった目に見えるものから、受け入れるのか、意見を伝えるのか、手を差しのべるのか見てみぬふりをするのかといった日々の人間関係、今日一日をどんな自分でいるかといったことまで、私たちの人生は数え切れない位、毎瞬の選択でできています。

本書は、そもそも「選択」は、何に基づいて行なわれるのか、人によって、文化によって、「選択」の意味はどう違い、何が根拠になっているのか、ということを、様々な臨床データをもとに検証したとても興味深い本です。先日BSでその授業の様子が放映されたので、ご存知の方も多いかもしれません。

インドのシーク派という個人より伝統を重んずる文化と、アメリカという自己選択こそが美徳とされる2つの文化の狭間で育った著者は、独自の視点から様々な仮説を立て、臨床実験をしていきます。そして個人の「選択」にそれぞれの文化がどのように影響を与えているかということから、そもそも「選択」するということは人間にとってどういうことなのか、ブローバル化する社会、経済の中で、「選択」をするということが、どのような意味を持っていくか、という幅広いテーマまで、意欲的に論じています。

幼少期のほとんどをアジアと西洋文化で育ち、父母は北関東出身…様々な価値観が交錯する環境の中で育った私に、とても興味深く、なるほど!だからか〜、といろいろ納得しつつ、面白く読みました。

特に興味深かったのは、アジア系、中でも日系の子供たちは、母親の好みやグループの総意がその選択に大きな影響を持っていることが証明された実験。自分がしたいこと、選びたいものに母親や社会の目、属するグループの総意が無意識に強く影響されているというのが、いかにも日本人らしい、よく言えば奥ゆかしい、悪く言うと主体性というものが曖昧な性質の所以なんだなあと、面白く読みました。また、自己選択に適した選択肢の数、閾値というものがあるという実験結果も、非常に興味深く、ビジネスや子育て、様々なシーンで参考になります。

個人の「選択」がどれだけの比重をもつかは文化的な相違があるにせよ、根本的に、いのちあるものは、自己選択の積み重ねで生きています。一瞬の選択が生と死を左右してきた、気の遠くなる長い生命の歴史ゆえに、自己選択することは、DNAに組み込まれている、大切な能力・要求であり、自己選択することでこそ個体の生命力を強くていく性質自体は、どの生き物も、どの社会においても、同じだと言います。

社会情勢が刻々と変化し、情報が満ち溢れ、親の世代の生き方を踏襲することがもはやお手本にはならなくなっている時代。私たち一人ひとりが、主体的に、意識的に「選択」というものをしていかなくてはいけない時代になっています。

Hawaiiにいたときも、なんども耳にした言葉は「ALOHAでいることを毎瞬毎瞬、自分で選択するんだよ」。ALOHAという愛に満ちた楽園も、優しさ、調和、快活さ、謙虚さ、忍耐強さの選択の積み重ねの上に作られるということを、Hawaiiの人はよく知っています。

自分が何を基準に選択してきたのか、そして、これから何を基準に何を選択し、自分の人生をクリエイトしていくのかを考える上で、とても参考になる本です。

 

 

 

 

 

 

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