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幸せの原風景

先日友人と話していた時のこと。

様々なビジネスセミナーや自己啓発セミナー大流行りの経済優先社会。誰もが何かに急かされるように生きていて、何が大切かわからないまま走り続けなくてはいけない社会で、呼吸を深く、迷わずに歩いて行くには、どうしたらいいのか。

友人は、「自分の中に『これが幸せだ』という幸せの原風景があることが力になると思う」と言いました。

それがあれば、この道は、その幸せに繋がっているのか、この選択をした時に、その原風景に近づいて行くのか、遠ざかってしまうのかという原点にたった判断ができるからです。

自分のことを考えた時、しっかり それが あることに気づきました。

その風景は、大好きな祖母の家で過ごした夏の夜の風景。
海外で張り詰めた毎日を送っていた私には、栃木の田舎(当時はまだ家の前に田んぼがありました)で過ごす夏は、宝石のような宝物の時間でした。

日中は汗だくに遊びまわり、お風呂に入れてもらい、シッカロールをぱんぱん叩いて、ビタミンcのタブレットを口にくわえさせてもらい、お手製のタオル腹巻をしてもらって寝床に向かいます。

子どもには冷房は入れない、という主義だった祖父。でも夏の栃木の一軒家の夜は暑くてなかなか寝つけません。

そんな私たちに、祖母は微笑みながら、寝つくまでうちわで風を送ってくれました。

若い頃とても苦労した祖母のシワシワの手が、ゆったり優しく揺れて気持ちのいい風が吹いてくる、この幸せな時。

おばあちゃん、と呼ぶと、はあい、と小さい声ではにかむように答える祖母の声。

眠いのに、この時間がずっと続いて欲しくて、一生懸命に起きようとして、でも、水戸線のがたんごとんという音も、雨戸を越えて聞こえるカエルの大合唱も、ふすまを隔てた母や叔母たちの忍び笑いの声すら、子守唄に聞こえて…そのまま眠りに落ちて行くふわりとした感覚。

それが私の幸せの原風景です。

この風景に続く道なのかどうか。

こんな風景を、誰かに、なにかの形で手渡すことができるかどうか。

そんな価値基準でやっていけば大丈夫。

お金持ちやいわゆる成功者になれなくても、幸せ者にはなれる。

そんな安心感を胸にゆっくり眠れた夜でした。

ホットストーン講習会が終わりました♪

ホットストーン講習会3日間コースが終わりました。
受講者は、お二人とも元々はお客様で、それぞれ別の場所でロミロミを習い始めた素敵なセラピストさんたち。

 

AINA*HANAUでは、マタニティのロミロミの講習とハーブサウナの使い方の講習、そして、今回はホットストーンの講習を受けてくれたお二人です。

一昨年ハーブサウナの1日講習で仲良くなって、以来励まし合ってこられたお二人だったので、講習もそれはそれは賑やかに楽しく、和気藹々と、そして時には涙が出るほど笑い転げたりしながらの3日間でした。

 

石という地球の一部であるもの、地球の力を宿したものとのかかり方、ケアの仕方、温度管理、症状に合わせたマッサージや禁忌など様々なことを学び、最終日にお二人の技術確認のため施術してもらったら、気持ちよくてわたしが溶けそうでした(๑˃̵ᴗ˂̵)

AINA*HANAUでは、スクールという形や公開講座としての講習をしていなくて、ご縁とタイミングが合った方々に、丁寧に、ゆったりと、お昼にはほっこりスープを一緒に食べながらお伝えしています。

 

その方がALOHAをしっかりお伝えすることができ、また受講してくださる方にも元気になってもらう講習会になると感じるからです。

なによりも、きっと、そんな風にお伝えしていくのが、とても地味で目立たないけれどもコツコツと火を絶やさずに炉を守り続ける女神ヘスティアのエネルギーに近い、わたし自身に合ったやり方なのかもしれません。

 

早速明日からお客様に施術をすることになっているお二人。小田原近辺、昭島近辺にお住いの方は、是非お二人のセラピーを受けてみてください。

お二人が石と共に歩むセラピスト人生に、そして、そんなお二人にご縁のある皆様に、たくさんのALOHAと幸いがありますように(๑>◡<๑)

お疲れ様でした!

円環する男と女―両性具有の時代へ
円環する男と女―両性具有の時代へ 円環する男と女―両性具有の時代へ
加藤 清 宮迫 千鶴
春秋社 2005-11
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ロミロミや産前産後のケアをしている中で、避けて通ることができないテーマとして、ジェンダーやセクシュアリティの問題=女性の在り方や女性性と男性性の問題があります。

男と女の問題は、古今東西、根源的なテーマであり、世界のシステムが崩壊し、新しい神話が必要となっていることを誰もが実感している現代においては、何にもまして取り組むべき大きなテーマと言えます。

男と女について、極端に二極化して考えたり、その差異を声高に語る必要はないけれど、一人一人が自分自身のアイデンティティーとして、また親として、そして21世紀の創造者として、自分自身の中でそれと向き合い、深めることなくしては、前にも後ろにも進めない・・・。この「円環する男と女」では、精神科医の加藤先生と、アーティストでありエッセイストでもある宮迫さんが、現代の男性と女性の問題と、それぞれが向き合うべき課題を、様々な視点から、それぞれの実体験を交えて論じています。

男女雇用機会均等法世代のしっぽの方に属する世代として教育を受け、保育や子育て支援など母子のケアを通して女性という性を見つめ続ける中で、自分自身の女性性を抑えてきた私自身にとっても、それは深い深いテーマです。

私は5年位前にこの本に出会い、これは凄い内容の本だなと思った反面、「女性性の原理はただ《在る》ことそのもので、《待つ》《与える》性、男性性は《行動する》ことで、《在る》女性に《合う》ように行動していく性だという本書のテーマに、当時ひそかに疑問や反発を禁じえないでいました。

しかし、先日、男の子の子育てに苦心している従姉妹が 「息子に対して、もっとしっかりした、きちんとした男になれないなら、もう男をやめろと思い、怒りが出てしまう」 と発言したことから、「じゃあ、そう感じる私達は、逆に女性としてどうなんだろうね、女性として開花しているんだろうか」と言う話になり、本書を思い出しました。

改めて、じっくりじっくり読んでみて…お二人の炯眼に脱帽でした(笑)。

以前は読み過ごしていたのですが、加藤先生の「もしただ「在る」と言うことに満足できないとしたら、その人は「在る」と言うことを自分の中で深める必要がある」と言う趣旨の発言にもハッとさせられました。

この対談のテーマ=女性が、女性として「存在」することの深さと、それが世界を変えるほどの豊かさを内包するものだと言うことに気づくことから、21世紀の新しい男と女の《在り合い方》が生まれ、そこにそこ希望がある、というテーマに、心から納得できたのは、42になろうとする今、少しはものごとが見えてきたためでしょうか。

野口整体と出会い、自分の中にあった、女性として生きることへの不安や怖さ、不満が溶けてしまったからでしょうか。

《待つ》ことに関しても、恋歌のように具体的な誰かを、何かを待つと言うレベルの話ではなく、「連綿としたいのちの繋がりの中」に在って「機が熟するのを待つ」、「潮が満ちるのを待つ」ことができるのが女性の根源であると言う加藤先生の言葉に、今回は深く共感しました。

その女性性を女性自らが深め、祝福しなおすこと、そして改めて男女がお互いの感性や感覚を学び合うことで未来が生まれる、現に新しい世代には、そうした《在り合う》関係性の中で子どもを育てているカップルも誕生している、未来に希望はある、という加藤先生の言葉に、深いところから力が沸いてくるのを感じます。

私も今年は、《女性として在る》と言う深淵なるテーマに、時間をかけて向き合い、深めてみたいと思います。

多くの女性に、そして、男性に、一度は手にとって読んでいただきたい本です。

天才たちの共通項 子育てしない子育て論

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友人達の子ども達も、ほとんどが小学生になろうとしています。自分のこどもがいない私には、お茶やランチをしながら友人のこどもたちの近況を聞くのが、とても楽しみです。

しかし、昨年びっくりしたことがあります。それは、私の友人の実に80%が、学校の先生から「あなたのお子さんは発達障害の可能性があるので専門家(精神科医など)に連れて行ったらどうですか」と言われていたこと。

その理由を聞くと、「先生の話を集中して聞いていない」「ルールをしっかり理解して守っていない」「思ったことを遠慮なく口にする」「競争心が足りない」「お友達にニコニコ優しくて、自分のものをとられても怒らない」「学校がつまらないという」等等、え?それで?とびっくりする理由ばかり。

実際にそのお子さんの多くを知っているのですが、自分の個性をしっかり持った、優しくて、大人より聡明な目をした子達なのです。保育士を10年くらいやっていた経験上、発達障害でないと分かります。

学校の規格に合わない子、先生の手に負えない子を「障害」「症候群」と名づけて、個性をたわめていくことに対する、並々ならぬ抵抗感や反発、恐ろしさを感じるのは、私も子どもの頃、そうだったからかもしれません。

先生やお友達は大好きでしたが、実際に学校は退屈な場所でした(笑)。教えてもらうことは教科書に書いてあることばかりだし、質問をしても本質的で本当に知りたい答えはかえってこない、なんでもいいから発言してごらんと言ってくれていても要求される答えは決まっている。分刻みのスケジュールの中でも、なんとか集中して思考を始めても先生の大きな声やチャイムで中断されて、休み時間は頭を切り替えて外で溌剌と遊べと言われる。 そのうちに、自分の思考と想像の世界に耽るようになり、成績は当然悪く、生活態度も○が少なく、IQもぎりぎりでした(笑)。

けれど、頭の中では、子どもなりの哲学的思考や宇宙観、夜読んだ物語の続きなどでいっぱいで、本人は幸せでした。宇宙って本当に無限なのか、0.000・・・1が永遠に続くとして、0・000・・・2にたどりつくまでの隙間には何があるのか、昨日あそこで違う選択をしていた時の私はどこにいるんだろう、楽しいときに時間は早いのに、授業は永遠のように長いから時間って伸び縮みするのかしら、などを、自分なりにリアルに想像していたのです。

 

窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫) 窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)
黒柳 徹子
講談社 1984-04-15
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5年生くらいの時から本腰をあげて(というか、社会で生きるために仕方ないらしい、とあきらめがついて)勉強を始めて、最終的にはちゃんと行きたい大学にいけましたが、今なら完全にグレーゾーンに入れらていた子どもでした。当時「窓際のトットちゃん」がベストセラーになり、読んだときに「あ。私も、普通の学校じゃみんなに迷惑だし、自分もつまらないから、ともえ学園にいかなきゃ」と思ったのを今でも覚えています。

いまにして思うと、意外と当時の私は量子物理学向きの子どもで、もしもその時に、私の疑問や考えていることに可能性を見いだしてくれたり、そのまま中断せずに思考を続けさせてくれたり、それを数式に表わすことを教えてくれる先生や大人がいたら・・・と思うこともあります。(リサ・ランドールの助手くらいには、なんちゃって(笑))

そして、もしかして、そんな大人が周りに一人でもいてくれたら、劣等感を持たずにそのままそのまま邁進する時間を与えてくれたら・・・自分の感性や個性×好奇心×時間=天才たちが数多く出てくるのではないかしら。

そんな思いが、私を 「こどもたちのアトリエ」 づくりの夢へと駆り立てていて、そんな私を、この本が後押ししてくれます。(前置き、長くてすみません(汗))

世の中で天才児と呼ばれる人たちの親や味方になってくれる大人が、どんな風に励まし、世間の偏見からこどもたちを護り、その芽が芽吹いて大木に育つように見守ったかが、小林静観さんらしい愛あふれる言葉で綴られています。

もしもお子さんが、発達障害では?と言われてしまった時、本書を手にとって違う角度からお子さんを見つめると、とんでもない宝が眠っていることに気が付くかもしれません。

オススメ中のオススメの1冊です。

 

 

 

 

神話の力
神話の力 神話の力
ジョーゼフ キャンベル ビル モイヤーズ Joseph Campbell
早川書房 1992-07
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もしもお墓に一緒に入れて欲しい本を1冊選ぶとしたら・・・優柔な私は迷ってしまいますが、必ずそのトップリストに入るのが、ジョゼフ=キャンベルのこの1冊です。偉大な神話学者にして、優雅なる語り部、そして、世界中の神話と私たち現代人を、集合意識のレベルで結びつける導き手であったジョゼフーキャンベルの、晩年の対談集です。

私たちが小さい頃から読んできた優れた絵本、映画やアニメ、私たちに勇気を与え生きる方向を見失った時に魂のレベルで後押ししてくれる英雄達の物語は、必ずと言っていいほど神話性を備えています。そして、優れた書き手、脚本家、監督はそれを知っています。

神話とは、キャンベルの言葉を使えば私たちの「根源的な問いかけに答えるもの」です。古今東西の神話のは、人類の共通の深い疑問 ー私たちは何者で、どこに向かっているのかー という疑問に対する答えが、それぞれの地域で生きた人々の世界観に彩られて描かれています。そして、この根源的な疑問を解く鍵は、地域色を抜いて残る核心の部分だとキャンベルは言います。私達人類が、そして一人ひとりが、「ああ!そうだったのか(神性顕現体験)!」と目を見開く準備ができた時、神話は私達に膨大な情報を与え、答えへと導くのだと。数学者にとってのリーマン予想(素数のなぞを使って生命の暗号を読み解く)、アインシュタインとすべての科学者にとっての統一理論(宇宙の全てを統べている法則)のように。

科学が発展し、量子物理学や分子生物学といった最先端の化学が、目に見えないけれど、確かに存在するもう一つの次元を浮かび上がらせようとしたり、DNAの秘密を解き明かしたりすることで、民族や部族、宗教、国家が争っていることの無意味さ、スケールの小ささを実感できる時代。そうです、私達は21世紀と言う美しい時代に住んでいるのです。

そして、今こそ、私達一人ひとりが新しい神話の担い手であることを、キャンベルは繰り返し伝えています。神話的に生きることが、時に厳しい通過儀礼を通ること、それは死をも賭けた(時には比喩的な自我の死のみならず、物理的な死も含めて)冒険だとしても、私たちはそうした冒険なくして、己の生を全うすることは出来ないと、この知の巨人は私たちに優しく、そして揺ぎ無い口調で語りかけます。

それはもしかしたら、国家も同じなのかもしれません。この国は今、どの立場の誰がどの角度から見ても、暗礁に乗り上げています。まるで、「果てしない物語」(ミヒャエル・エンデ)で冒険を始めたバスティアンが自分を見失い、何者かが分からなくなってしまった場面のように。明治・大正・昭和を越えて先延ばしして来た、真の自我(アイデンティティ)に目覚めるための通過儀礼を、今、この国は通過するところなのかもしれません。

今私たちに必要なのは既成の主義主張や固定概念を一度置いて、古今東西の私たちの遠い遠い先祖達が神話と言う形で残してくれた羅針盤を片手に、新しい未知の、統一された神話を作る担い手であるという意識と自覚をもう片手に、進む方向を一人ひとりが確認してみることなのかもしれません。

この混迷した、混沌の、でも素晴らしい可能性を秘めた21世紀に生きるすべての人に手に取っていただきたい、名著中の名著です。

やはりお墓にもっていくのは、この1冊に決まりっ(笑)

ALOHA MAHALO

 

 

 

 

 

 

 

 

女の子脳 男の子脳 神経科学から見る子どもの育て方
女の子脳 男の子脳―神経科学から見る子どもの育て方 女の子脳 男の子脳―神経科学から見る子どもの育て方
リーズ・エリオット 竹田 円
日本放送出版協会 2010-11-02
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いつも生き生きしている人、話しているとどんどん世界が広がっていく人、限界を感じさせない人っていますよね。そんな人と出会ったとき、ワクワクする憧れの気持ちと同時に、何がこの人をこんなに素敵にしているんだろう、と観察します。すると、多くの場合、こんなクオリティーをもった人だな、と気がつきます。それは、「自分の性質を理解し受け入れている。けれどそれを言い訳にせず、それにまつわる固定概念から自由に行動する人」。つまりクリエイティブな風を身にまとって軽やかに生きている人です。

そんなスタンス、大人自身がクリエイティブな頭を持って、子育てをもっともっと楽しみませんか、子どもたちに無限の可能性の扉をプレゼントしませんか?科学的な根拠や実験に基づいた緻密な文章で、本書の著者は私たちを21世紀の子育てに誘います。

「男の子脳・女の子脳」という、若干ショッキングなタイトルで、一見「男は火星から、女は金星から」的な、男女をステレオタイプ化する本かと思わせておいて、中身はその期待を嬉しく裏切っていきます。例えば、胎内にいるとき、また出生後に男の子があびるテストステロンは男の子の行動やおもちゃ選びに影響を与えるのは数値的には事実(それもほんの数%!!)。でも、それを助長しているのは、大人のステレオタイプ化した見方による偏った励ましや期待によるものによるところが大きいことを著者は多くの実験結果から説明します。

男の子、女の子(そして、様々なタイプの性を持つ人)が、自分のもつ性の特徴(ほんの少しの差ではあるけれど)を理解し、受け入れるのを助ける。そして、同時に、大人自身が持つ、そこに付随する固定概念をできるだけ精査し、そこから自由になり、こどもたちの持つ可能性を自由に、性差を超えて発揮できるように育ていきませんか?と自身も3人の男女を育てた経験を紹介しながら、各章ごとに21世紀的な子育てのヒントを与えてくれます。

サイエンスものを読むのが大好きですが、「ここまで分かった」と言う内容の本よりも、「ここまでは分かってるけれど、実際はまだまだ分かっていない=まだまだ無限の可能性とミステリーに、私たちは包まれている」と言うことを率直に伝えてくれる科学者やジャーナリストの本は、また格別にエキサイティングです。そして、もちろん本書はその中の一つ。

子育てや教育が、親や教育者、保育者自身の固定概念を外し、そこから自由になるチャンスと捉えることができたとしたら、21世紀は確実に新しく、クリエイティブな時代になるだろうな・・・久しぶりにワクワクして眠れなくなった本です。

分厚いので躊躇してしまうかもしれませんが、各章のまとめがわかりやすいので、そこだけでも必見です。是非手に取ってみて下さい♪

 

 

 

 

 

 

モモ
モモ (岩波少年文庫(127)) モモ (岩波少年文庫(127))
ミヒャエル・エンデ

岩波書店 2005-06-16
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言わず知れたミヒャエル=エンデの名作です。

時間泥棒である灰色の男たちに時間を盗まれ、自分たちの時間を失って心身がボロボロになっていく友人たちを助けるために、少女モモがマイスターホラや亀のカシオペイアと共に灰色の男たちに立ち向かうと言うストーリーは、あまりに有名です。

もちろん、そのストーリー自体にも心打たれるのですが、私が「モモ」の中で一番大好きで、もう何十回読んだかわからないシーンがあります。

それは、友達が家路につき、誰もいなくなった静かな円形劇場で、モモが一人、星達が奏でる宇宙の音楽にじっと心の耳を澄ませるシーン。

そしてもう一つは、時間を司るマイスターホラの家で、いのちの花の真実、時間の真実をモモが体験するシーンです。

太古の昔から、星々が時を越えて一人一人に語りかけ奏で続けている音楽。そして、一瞬一瞬が比類なき美しさで咲いては散り、咲いては散りゆく時間の花。

その一瞬一瞬の真実にじっと耳を傾け、美しさに胸震わせるモモだからこそ時間泥棒と戦う力と勇気を持てたのだと、そして、私たち一人一人も、モモに倣い、心の耳をじっと澄ませ、目をしっかり開いていのちの美しさを知った時、世界を変える力があるのだと、ミヒャエル=エンデが語りかけてくるような気がします。

生前のエンデ本人による「モモ」の朗読会で聴くことができた、あの深い、優しい声を思い出します。

もともとTVやラジオ、SNSなどが苦手で縁遠い私ですが、最近はふと時間ができた時、やることを済ませてぽっかりした時は、ただ静かに目を閉じて、心の耳を澄ませ、自分のいのちの花を感じてみます。

もちろん、一朝一夕にすぐに聴こえるものでも、感じられるものでもないとわかっていますが、そうしていると、心がしーんと落ち着いて来て、いまどこにいるのか、明日なにをしたらいいのかが見えてくる気がするのです。

ハワイのチャンティング、日本の祝詞、聖歌、世界中にある詠唱、懐かしい子守唄・・・人の心を揺さぶるメロディーはきっと世界中のどこかで誰かが聴いたモモと同じ星々の音楽。

今世界を見渡すと人類は暗中模索を続けていて、日々は細々した雑事に追われ、誰もが迷子になりそうな時代です。

けれど、自分のいのちの花の息吹を感じられたら、星々が奏でる歌を聴くことができたら・・・勇気を持って、明日も自分の一歩を踏み出せる気がするのです。

まだの方は是非、もう読んだことがある方にももう一度、じっくり味わって欲しい大好きな1冊です。

パリジェンヌ流 おしゃれな自分革命
パリジェンヌ流おしゃれな自分革命 パリジェンヌ流おしゃれな自分革命
ドラ トーザン Dora Tauzin

飛鳥新社 2006-04
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「Mature(成熟する)」という言葉を知ったのは、かれこれ10年位前。若々しさ、従順であること、社会の潤滑油であること、「誰かのため」にがんばること、母性的であること等を無意識レベルで求められる日本で、違和感を感じつつもどこかでその無意識の期待像に応えようとして息苦しくなっていた頃に、突然ピカピカの光るリンゴが転がってきたように、私の心の中に飛び込んできました。

以来、自分なりの速度、やり方、イメージで、「成熟する」ということをテーマに取り組んでいます。そのお手本、成熟した女性像といえば、やはり、パリジェンヌ。長いことキリスト教会を中心とした保守的な社会で生きてきた女性たちが、フランス革命以降、徐々に自分達の中に眠ってきたものを目覚めさせ、アメリカ人女性が男性と同じ権利を主張するウーマンリブ路線を歩く中、それとは違う路線ー女性性を大切に、むしろ誇らしく磨く路線ーで、意識革命を成功させたフランス人女性の生き方は、21世紀の女性の生き方の1つの美しいモデルだなと感じます。

そんなフランス人女性でありながら、日本をこよなく愛し、日本人女性を温かく、そして、時には辛口に叱咤激励してくれるのが、ドラ・トーザンさんのこの本です。

文中で紹介されている「ドラ流幸せのスタイル55」の中で、私にとって新鮮だったのは

・未来のために今を我慢しない

・自分らしさ(個性)はアクションのあとについてくる

・新しいチャレンジに、彼や家族の許可はいらない

・友達の年齢は尋ねない、知っても態度を変えない

・セックスは美容とエネルギーを充填するための必要行為

・恋愛関係になくても男性からは優しくされるべき

・人間として信頼でいる男友達を数人持つ

・TPOに応じて一番エレガントに見えるふるまいを意識する

・人と違う選択ができることは喜び

・自分の意見を持ち、主張するのは義務と考える

・自分も革命を起こすひとりだと自覚する

なんて、先進的で、知的で、魅力的な発想!!とびっくりしつつも、心に心地よい新しい風が吹き抜けたのを覚えています。でも、この日本社会で実践して生き延びられるかしら(笑)・・・。
けれど、この本を手にして7年、毎日試行錯誤を繰り返し、小さな失敗、成功を積み重ねて、今は、自分なりのスタイルで、いいと思ったお手本を、いい具合に実践できているのに気が付き、そんな自分をちょっぴり誇らしく思います。

もちろん、ここは日本なので、外国の文化をそのまま咀嚼せずに取り入れたりすることはできないけれど、「ここは日本だから」と最初からあきらめる必要もありません。

自分が憧れたこと、爽やかな風、新しい自分の扉が開くような感覚を覚えたことには、まず勇気をだして飛びついてみる、そして時間をかけてその感覚を頼りに試行錯誤を繰り返して自分を磨いていく・・・そんな風にして年齢を重ねていきたいなと思います。

是非一度手にとって欲しい1冊です。

 

 

 

 

 

 

すてきなおばあさんのスタイルブック
すてきなおばあさんのスタイルブック すてきなおばあさんのスタイルブック
田村セツコ
WAVE出版 2013-03-25
売り上げランキング : 75751Amazonで詳しく見る by G-Tools

ああ、なんて素敵な本に出会ってしまったんだろう。うれしいため息がでます。

私の子どものころは、なかよし、りぼんといった少女漫画全盛期。乙女心を心憎いまでにくすぐるストーリー、毎月のふろくやそれぞれの漫画家が見せてくれる、華麗なるファッション…。

なかでも、表紙やおしゃれブックなどで、おしゃれでチャーミングな女の子を書き続けて、私たちの夢や希望をわくわく膨らませてくれる田村セツコさんの挿絵は当時ダントツ人気でしたが、そんなセツコさんがなんともう75歳になれていて、それはそれは素敵に年齢を重ねて、素敵なおばあさんになられていたこと。嬉しい!素敵!ありがとう!と飛び上がってしまいました。

「子どものころ、おばあさんは、はかり知れない力を秘めた、奥深い知恵のかたまりのような人だと思っていました。なんでも知っていて、どんなことにもあわてず対処できる魔法を知っている人のように思えたのです」(本文より)に始まる本文は、肩肘をはることなく、でも、現実を独自の感覚でしっかり受け止め、その中でも夢やときめきを育て続けて、ご自身が魔法使いのような素敵なおばあさんになられたセツコさんの魅力が存分に伝わってきます。

最初の挿絵についている「あら バアバって だれのことかしら?」というコメントも、お茶目でおしゃれ(笑)。

日々できないことが増えていく現実を、毎瞬が冒険の「不思議な国のアリス」になぞらえてワンダーランドと捉えて、「サーカス日記」をつけて楽しんでしまおうという遊び心で楽しむセツコさん。そのおしゃれ観や工夫の数々、生活のあれこれに始まり、物語に出てくる素敵なおばあさん、現実の素敵なおばあさんを、セツコさんテイストにのせて、可愛いイラスト満載で紹介してくれます。

こんな素敵で、おしゃれで、乙女心を抱いたまま、チャーミングに年齢を重ねていけるんだ…りぼんやなかよしで私たちをリードしてくれたセツコさんは、変わらずに私たちをリードしてくれる素敵なお手本です!

本文中に紹介されている、「もう一度人生をやり直せたら」というナディーヌ・ステアさんという方が85歳でかかれたという詩が、あまりに素敵で、じーんとしたので、最後にご紹介します。

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「もう一度人生をやり直せたら」

今度は思いきって もっと多くの失敗をしてみよう

リラックスして もっとしなやかになろう

この人生での私よりも もっとおバカさんになろう

ものごとをシリアスにとることは より少なくしよう

より多くのチャンスととらえよう

もっとたくさんの山に登り

もっとたくさんの川で泳ごう

私は寒暖計や湯たんぽや レインコートなしでは

どこへも行けないタイプだけど

もしもやり直せたら もっと身軽に旅をしよう

春はより早く裸足になり

秋はより遅くまでそのままでいよう

もっと踊って

もっとメリー・ゴーランドに乗って

もっとたくさんのデイジーを摘もう

 

41歳でこの詩に出会えたのは本当に幸福で幸運。ナディーヌさんに勇気を貰い、「これらの人生を」というタイトルで、自分自身に向けた詩を書き始めています。

是非手に取っていただきたい魔法の1冊です。

 

 

 

 

森と氷河と鯨ーワタリガラスの伝説を求めて
森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて 森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて
星野 道夫
世界文化社 1996-12
売り上げランキング : 181465Amazonで詳しく見る by G-Tools

ある作家のメッセージと自分の深い部分が共鳴し、一文字一文字が魂の琴線に触れ、まるでその作家の魂が自分に入り込んでくるような…そんな体験が誰にでもあると思います。

私の場合、それは故星野道夫氏です。

アメリカンインディアンの世界観や暮らし、そこに暮らす動植物をこよなく愛し、数多くの写真やエッセイを遺した星野道夫氏が、クマの魂の世界に還っていったのは1996年。

当時私は名前を聞いたことがある程度でしたが、とても仲良かった心優しい物静かな後輩が、星野道夫氏の大ファンで、彼が星野道夫氏の生き方に感銘を受けて、自分もイヌイットの村に行ってしまうほどのほれ込みようだったのは知っていました。

その星野道夫急死のニュースを知ったのは、彼にカフェに呼び出された時でした。

星野道夫が亡くなったんです」
それきり言葉すらでない友人の隣で、かける言葉が見つからないまま黙って一緒にお茶を飲みながら、私は強い衝撃を受け、また一方で不思議な感覚に捉われていました。

これほど人に影響を与え、これほど深く人の心に入り込む作家とは、一体どんな人で、どんな作品なのだろう。

それが、星野道夫氏の作品との出逢いでした。

以来、私自身が彼の大ファンになり、何かある度に作品を読み直し、写真集を眺め、星野道夫氏の魂に語りかけるようになっていました。

星野道夫氏の、豊かな感受性を通して観たアメリカンインディアン達の、失われつつある、豊かな根源的な世界観と生きた神話の世界。

星野氏の、淡々とした散文的な語り口調は、私たちを、刻々と失われつつある、もう一つの世界…目に見えないけれど、でも何よりもリアルに存在する魂の世界へと、自然にいざなっていきます。

魂の世界と繋がりを保ちながら、現実のいのちの文脈の中で逞しく生きてきたイヌイットやアメリカンインディアンの人々の世界観と出会ったことで、私自身の限定的だった次元が四方に広がりをもち、全てのいのちへの見方が生き生きとしたものに変化しました。

そんな星野道夫の世界に、今また再び強烈に惹きつけられているのは、終戦記念日が近いせいでしょうか。
それとも、いのちを真ん中において考えることを忘れて久しい、この国や世界の行く末を案じてでしょうか。

私たち現代人の苦しみの多くは、いのちの文脈から離れてしまい、どこに帰るかを忘れたまま迷子になっているからだと感じます。

星野道夫の遺作になったこの作品は、私達に魂やいのちと繋がった世界への帰り道を教えてくれ、本当に生きる上で大切なことは何か、子供たちに何を伝えればいいのか、という問いへのヒントを与えてくれます。

私の人生になくてはならない、宝物の本の一つです。

 

 

 

Life with ALOHA. Copyright © 2010- Aina Hanau All Rights Reserved.